バセドーちゃんの妊娠日記

バセドウ病歴10年。授かった子ども、ちゃんと産んであげたい。

妊娠初期のストレスと精神安定度を考える

先週から妊娠5ヶ月に入り、

ふと楽になったな〜と思うことが多くなった。

やっぱり、妊娠初期はキツかったんだなと思う。

 

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安定期に入ってからいいことはいくつかあった。

 

・流産のリスクが少なくなった

・周りの声がうるさくなくなった(出かけたり、動きやすくなった)

・妊婦の生活に慣れてきた

・妊娠状態を受け入れられるようになった

 

 

結果として、精神的に安定したように思う。

 

妊娠4週目から現在に至るまでの精神安定度を下手くそなグラフにしてみるとこんな感じ。

 

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もちろんまだまだ何があるかはわからないが、精神安定度を左右したのは下記の3つ。

 

妊娠中のストレス①流産の恐怖

4〜5人に1人は経験するという流産。

 

私は流産も経験している。

妊娠発覚が4週だったので、今回も流産の可能性は当然高いと思った。私のような運のない人間は絶対するに違いないとさえ思った。毎日何時間もスマホで検索をして、流産の原因や兆候について調べた。

 

週数が進むほど、流産のリスクは下がる。

5週の壁、9週の壁を越えると、大分落ち着くことができた。

 

妊娠中のストレス②切迫流産による生活の激変

妊娠5〜6週目で、茶色い出血が続き、病院にかかったところ「切迫流産」と診断を受けた。

 

その日から、自宅軟禁・ベッド上の生活が突然はじまった。

その頃私は専門学校のようなところに通っており、入学したばかりでこれから頑張るぞというときだった。

仕方なく退学となり、新しい学びや友人とも突然別れることになり、しばらくは茫然自失状態。

「妊娠はしようと思ってできるものじゃないし、体が優先なのは当然だ…」と受け入れつつ、やっぱりカナシイ。

 

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妊娠中のストレス③子育てへの不安

 

妊娠直後は環境の変化が激しくとても辛かったが、「妊娠した」事実はうれしかった。

「妊娠している」ということが非日常に感じられ、テンションの高さで乗り切ったところがあった。そのためグラフでは4週からだんだん安定度が下がっていく。

 

9週を過ぎたあたりから、「どうも子どもを本当に産むことになりそうだ」「本当に私は子どもが欲しいのか」「何もかも失敗だったのでは」と考えはじめ、

恐ろしくて恐ろしくてたまらなくなった。

 

「障害児が生まれたらどうするんだ」という考えに取り憑かれ、堕胎する方が良いのかもしれないと考えた。このピークが12週あたりだった。

 

とてもよく泣いた。夫に泣きつき、愚痴り、「あんたは自由に動けていいよなあ」と理不尽に文句を言った。思うように体も動かせず、妊娠していることも受け入れられず、キツイ時期。夫もよく耐えてくれたと思う。

 

これが16週に入った頃から、コロっと元気になった。吹っ切れた感じだ。

胎盤が完成してホルモンが多分安定したのだろうと思うが、腹がはっきりと出てきて、エコーで動く子どもの手足などを見てしまい、実感として「腹のなかに生きている人がいるのだ」と知る。

 

いやだとか、怖いとか、障害児だったら嫌だとか、できないとか、そういうのはとりあえず吹き飛んでいって、「今、腹のなかのこの人なにしてるだろう?」と考えるようになった。子どもの存在を受け入れられた瞬間なのかもしれない。

 

最近は子どもを持つことについて、穏やかに考えられるようになった。

精神安定度60%の域である。

 

「子どもと泥団子を作りたいなあ」とか、「この歌を聞かせてあげようかな」とか、思うことがある。少し前なら考えられないことだ。

もともと子ども好きでは全くなく、面倒見もよくないので子育てには不安と面倒臭さしかなかったのだ。

 

未だに「赤ん坊って2時間おきにオムツとミルクあげるのかよ!信じられんめんどくさいやつだなあ」と思ったり言ったりしているが、心は元気だ。

 

 

まとめ

他にも、妊婦になると激しい運動ができなくなったり、お酒が飲めなかったり、生で明太子が食べられなかったり馬刺しが食べれなかったりと辛いこともあるが、それほど大したことはない。

 

「妊娠を受け入れられるか」が心の落ち着きに重要だ。大いに泣き、周りに当たり散らしたのも良かったと思う。受け入れてもらえたことで、夫に対する信頼感も前よりぐっと出た。

今妊娠初期で辛い人が目の前にいたら、16週まで、じっくり待とう。「今が一番キツイ時期だから」と言ってあげたい。 

 

普通の母にちゃんとなれなくてもいい、

等身大で育ててみよう、生きてみようと最近は思っている。